2013年06月10日

シリーズ《オペラ3つの扉》トスカ編

<プッチーニ作曲 オペラ『トスカ』について>
シリーズ『オペラの3つ扉』トスカ編
このシリーズは一つの作品にスポットを当て、「歴史」「哲学」「音楽」の観点から見て行くことでオペラを3Dメガネをつけて観るように今まで知っていた作品がより鮮やかによりふくよかに見えてくることでしょう。

シリーズ1:
プッチーニ作曲『トスカ』をまず物語の背景とあらすじを読んで頂きます。次のシリーズ2では(7月10日頃)トスカの作品の音楽に触れていきます。

このオペラの原作は19世紀後期のフランスの戯曲家ヴィクトリアン・サルドゥが当時の有名な舞台女優サラ・ベルナールのために書いた5幕の戯曲「ラ・トスカ」です。このオペラは世界で最も人気のあるオペラの一つで、全幕を通じてプッチーニ特有の甘く美しく感傷的なアリアが随所に散りばめられ、ストーリーの展開も緊張感にあふれた名作です。

-背景-
舞台はローマ、時は1800年6月17日から翌日の朝方にかけてです。
当時ヨーロッパはナポレオン戦争の真只中です。1789年に勃発したフランス革命は「自由、平等、博愛」の旗印のもと国王ルイ16世と王妃マリー・アントアネット(元オーストリア皇女)をギロチンにより処刑し共和政国家を樹立しました。
やがて革命政府の中から軍事能力に優れたナポレオンが頭角をあらわします。フランス革命の思想は王政の打倒を目指すものとしてヨーロッパ諸国の王室を震撼させ、各国は対仏同盟の結成によりフランスの対外進出を阻もうとしヨーロッパ全土に戦雲が立ち込めます(「ナポレオン戦争」)。
当時、イタリアでは北部はオーストリア、南部はブルボン朝スペインにつながるナポリ王国(オーストリア、英国、ロシア等と対仏同盟を結成:王妃のマリア・カロリーネはフランス革命で処刑されたマリー・アントアネットの姉)が支配していました。
1796年フランス革命政府はナポレオンをイタリア遠征司令長官としてイタリアに侵攻させます(ナポレオンの第一次イタリア戦役)。
永年にわたり封建君主達に支配され、今またオーストリアの圧政に苦しむ多くのイタリア人(特に知識人)は革命により旧制度を打倒したフランス軍を自らの解放軍とみなし彼らのイタリア進軍を歓迎しました。フランス軍はローマに侵攻して教皇国家の機能を崩壊させ同年2月にローマ共和国を樹立します。
フランス兵たちは永い歴史を誇るイタリアで略奪暴行をほしいままにして宮殿、美術館、教会などから無数の絵画、彫像、宝石などの美術品や貴金属を徴発し多数の馬車に積みフランスに持ち去っていきました。
これに対抗してナポリ王国の王妃マリア・カロリーネ(処刑されたフランス王妃マリー・アントアネットの姉)は軍を率いてローマに侵攻、フランス軍を駆逐して11月に一旦ローマを占領します。気性の激しい王妃は腹心の警視総監(オペラではスカルピア男爵)に親フランス共和主義者を徹底的に弾圧させ恐怖主義を敷きます。
(オペラではトスカがスカルピアを刺殺した後「この男の前で全ローマは震えた」と歌います)フランス軍は12 月にナポリを攻略翌年1月には同地に共和国(フランスの傀儡政権)を樹立、再びローマを奪還します。その後フランス軍とナポリ王国(対仏同盟軍)との間でローマ占領をめぐる激戦が繰り返されます。この間における大きな山場は「マレンゴの戦い」でした。第ニ次イタリア遠征司令官としてアルプスを越え(絵画好きの方は前足を立てる白馬にまたがったナポレオンを描いたダヴィッドの名画「アルプス超えのナポレオン」をご想像ください)。
イタリアに侵攻したナポレオンは1800年6月14日イタリア北部のマレンゴの平野(北部イタリア)においてメラス将軍(オーストラ)率いるオーストリア軍と対峙します。同日午後3時ごろ迄にメラス将軍がナポレオン軍を敗走させ一旦勝敗の帰趨が決まりますが、その後救援軍の到来によりフランス軍は態勢を立て直してオーストリア軍を撃破してメラス将軍を潰走させます。
この報告はローマのナポリ王妃に伝えられますが、最初の報告はメラス将軍の勝利の報告、その後メラス将軍が逆転敗退の報告でした。(オペラ第一幕では戦勝を祝う賛歌テ・デウムの歌声が教会内に響き渡ります。第二幕ではメラス将軍敗退の報告がカヴァロッシの拷問の最中にもたらされ彼は「勝利だ!勝利だ!」と大声で叫びます。)
マレンゴの戦いはナポレオン戦争の帰趨に大きな影響をあたえました。このように風雲急を告げる当時の情勢が「トスカ」の背景としてオペラの舞台での緊張感を高めています。


あらすじ
ローマではマレンゴの戦いにおけるナポレオン敗退の知らせに王党派が勢いづき人々は警視総監スカルピアの恐怖政治に慄いている。(第一幕)
舞台はローマの聖アンドレア・デッラ・ヴァッレ教会内。共和派の騎士で画家であるカヴァラドッシは、教会内で聖母マリアの絵を制作中。そこに政治犯アンジェロッティ(フランス軍の支配下で樹立されたローマ共和国の元領事)が脱獄し逃げ込んできて妹のアッタヴァンティ侯爵夫人が聖母像の足元に隠しておいた同侯爵家礼拝堂の鍵を探し当てる。カヴァラドッシが密かに絵のモデルとしている女性は、兄の救出の下検分のため密かに教会を訪れていた侯爵夫人であった。そこへ歌姫トスカ登場。カヴァラドッシへの愛を歌い上げるが、絵のモデルの美しさと人の気配に小さな疑念を抱き嫉妬心を燃やす。カヴァラドッシが入ってきて名アリア「妙なる調和」を歌いトスカへの変わらぬ愛を誓う。トスカが出て行くと入れ違いに入ってきたアンジェロッティにカヴァラドッシは自分の別荘に彼を匿うので緊急の時には庭の井戸に隠れるよう指示。間もなくトスカが「マリオ!」と呼びながら入ってくる。トスカはたった今教会内で聞こえた人声でカヴァラドッシが誰かと密会していたのではと疑い、絵のモデルがアッタヴァンティ侯爵夫人と見破り嫉妬する。トスカが退出すると2人の男達は卑劣な警視総監スカルピアについて話しあい、カヴァラドッシは必ず友人を守ることを誓う。ナポレオン軍に対する戦勝ミサ教会で開かれることになった。スカルピアが登場し教会内に落ちていたアッタヴァンティ家の紋章が入りの扇子とカヴァラドッシュの様子からアンジェロッティがここに逃げてきたことを確信する。スカルピアはこの扇子をトスカに見せカヴァラドッシが彼の別荘でこの女性と密会しているのではないか言って彼女の持ち前の嫉妬心をあおる。慌ただしく別荘に向かう彼女を部下に尾行させアンジェロッティを探し出そうとする。教会内ではテ・デウム(戦勝を祝う祝祭讃美歌)の合唱が始まり荘厳な雰囲気に包まれる。

(第二幕)
ファルネーゼ宮殿の最上階にあるスカルピアの執務室。「トスカはいい鷹だ。今頃私の犬どもが二匹の獲物に噛みついているぞ」と独白するスカルピア。二人の逮捕に向かった警部スポレッタが帰って来てアンジェロッティは見つからなかったがカヴァラドッシを捕えてきたと報告。向かい側の階下にある宴会場ではナポリ王妃主催で戦勝祝賀の大夜会が華やかに催されており、合唱と共にカンタータを歌うトスカの歌声が聞こえる。スカルピアはカヴァラドッシにアンジェロッティの隠れ場所を白状するように迫るが彼は決して口を割ろうとしない。歌い終わったトスカが息せきって走りこんでくる。カヴァラドッシはトスカに秘密を守るように言い含めて別室に連行される。スカルピアはトスカに別荘で見たことを話しアンジェロッティの隠れ場所を白状するように迫るがトスカは「別荘にはカヴァラドッシ一人だった」と答える。スカルピアは隣室でのカヴァラドッシ拷問の呻き声を聞かせてトスカの精神を揺さぶる。恋人の苦しそうな呻きや悲鳴を聞かされた彼女はついに耐え切れずアンジェロッティアが井戸の中に隠れていると白状してしまう。トスカの白状を知ったカヴァラドッシは激怒する。そこにマレンゴの戦いにおけるメラス将軍の敗走の報告が届く。カヴァラドッシは「勝利だ!勝利だ!」、「自由が立ち上がり、暴虐な専制政治は倒れるのだ」と叫びながら引立てられて行く。ここでスカルピアはトスカに「彼を救う方法を考えましょう。」と語りかける。「彼を助けてください」と必死で訴えるトスカに彼は「私がですって…助けるのはあなたでしょう」と答える。トスカは苦しみつつ「いくら出したらいいの」と聞くと、スカルピアは嗜虐的に「欲しいのはお金ではなくあなたの身を任せて貰うことだ」と言う。外から囚人護送の太鼓の音が聞こえスカルピアは「カバルドッシュも後1時間の命だ」とトスカに告げる。ここでトスカはこのオペラ中最も有名な「歌に生き、愛に生き」を歌う。
 ♪私は歌に生き、愛に生き、人に決して悪いことをしませんでした。みじめな人と知ればそっと手を差し伸べ助けてあげました。いつも誠の信仰を込めて祭壇に花をささげました。この苦しみの時、どうして、どうして、主よ、どうしてこのような苦しみをお与えになるのですか。♪
アンジェロッティの自殺が伝えられる。危機が迫る中でトスカはカヴァラドッシを救うために身を任せることを承諾する。スカルピアはカヴァラドッシの見せ掛けの処刑(トスカにはそう思わせ実際は本当の処刑)を指示し、トスカの要求する彼女とカヴァラドッシの国外脱出用の通行許可書を書く。トスカを抱こうと近づいたスカルピアをトスカはとっさにテーブルの上の果物ナイフを掴み「これがトスカのキッスよ!」と叫んで刺殺する。トスカは「この男の前で全ローマが震えたのだわ」と呟き彼の死体の左右に燭台を置いてその場を去る。

(第三幕)
夜明け。聖アンジェロ城の屋上 教会の鐘が鳴る中カヴァラドッシュが牢から出され兵士達につれられて登場。彼は辞世の詩をトスカに渡してほしいと看守に依頼し美しいアリア「星は光りぬ」を歌い出す。処刑を目前にして彼はトスカと一緒に過ごした日々を懐かしみ「今ほど自分の命をいとおしいと思ったことはないと歌う。トスカが登場してカヴァラドッシに彼の命と引き換えに彼女の肉体を要求されたこと、国外への通行許可証を書かせた後彼の胸に刃物を突き刺し殺害した」ことを打ち明ける。カヴァラドッシとトスカは再び希望を取り戻して国外の新天地での生活を思う。トスカは彼に対し見せかけの銃殺刑が行われるのでうまく演技してと頼み愛の勝利を高らかに歌う。兵士たちはカヴァラドッシに兵銃口を向け銃殺刑を執行する。人々が立ち去ってもカヴァラドッシは起き上がらない。トスカは恋人が殺されたことを知る。スカルピア殺害が発覚し追手が迫るなかトスカは聖アンジェロの城壁に登り「おおスカルピア、神の御前で」と叫び身を躍らせる。

(幕)
*トスカの人物について
このオペラもとになったサルドゥの歴史劇「ラ・トスカ」は実在の人物をモデルにしつつ虚構を加えています。それらによればフローリア・トスカは今を時めく美貌の歌姫ですが、もとは貧しい羊飼いの娘でした。家が貧しかったためヴェローナの近くの修道院に引き取られ、そこで読書と神への祈りを教えられて信仰生活をおくりました。ある時教会のオルガン弾きが大変きれいな彼女の声に気付き歌の訓練を施しました。彼女の才能は見事開花し噂を聞きつけて当時の大作曲家チマローザが彼女の歌を聞きに来て、彼女の歌声と美貌にすっかり魅せられ何とか彼女を修道院から出しオペラ歌手にしようとしました。修道院は彼女が聖職者であることを盾に頑として譲りません。このことはやがて法王の耳に迄届き法王が調停に立ったため修道院もしぶしぶ彼女の聖職を免除しました。彼女が少女時代にキリスト教信者として修道院で信仰生活を送ったことを考えればこのオペラでの最も有名なアリア「歌に生き、愛に生き」で歌われる信仰深い彼女の心情が胸に迫ります。そしてこのアリアが終幕幕切れの「おおスカルピア、神の御前で」という彼女の叫びともつながることがわかります。キリストによる「最後の審判」ではこの世の最後の時にキリストが再臨し全ての死者を墓から呼び起こし、敬虔な者は天国に不敬虔な者を地獄に送ると信じられています。トスカは「キリストの御前でスカルピアと自分のどちらが敬虔であったか裁きを受けよう!」と叫んだのです。

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posted by chiho at 14:15| 公演情報